2004年3月2日(火)〜3日(水)

表紙の写真:ヘルシンキ、マーケットホールにて

行程:
3月2日(火) ナ−ンタリ(7:30発)〜(貸切バス)〜ヘルシンキ(10:30頃着。市内観光後14:30ま
        でフリータイム)〜(貸切バス)〜ヘルシンキ・ヴァンター空港(15:00着、18:10発) 
        〜(AY073)〜成田(翌朝10:11着)
3月3日(水) ヘルシンキ(前夜18:10発)〜(AY073)〜成田(10:11着)

33.なごり雪
34.ヘルシンキの街
35.kiitosの笑顔
36.空港でのひととき、そして北の国への別れ
37.虹色の夜明け
38.後日談

33.なごり雪
 6:15モーニングコール、7:00にポーターがスーツケースを回収ということで、手荷物を持ったま
ま朝食、チェックアウトを済ませてロビーに集まる。今日は朝から本格的な雪。この旅行中、雪
らしい雪はなく降っても細かい粉雪だったので日本で見るような雪降りではなかった。しかし今
日の雪は粒が大きい。こちらのことだからこの雪で行程に影響が出るとは思わないが、フィン
ランド滞在最後の日に本格的な雪で何か名残惜しんでいるよう。嫁さんの仕事の都合で旅行
後はしばらく離れて暮らすことになっており、嫁さんが実家の松本を離れるのは4月の頭。その
ころでも松本では雪が降ることがあるらしいが、もしかしたらその日も雪が降るのかななんて考
えていた。

  (妻の独り言) リゾート気分を充分に楽しんでいよいよ最終日。本当に寂しい気持ちでいっ
           ぱいでした。

34.ヘルシンキの街

テンペリアウキオ教会


同、内部


ウスペンスキ寺院
 一昨日と同じ道を戻りヘルシンキに入ってまず訪れたのはテンペリアウキオ教会。岩盤を縦にくりぬいたドーム型の建物は外から見たらとても教会には見えない。かといって中に入っても椅子や、聖壇、調度品などを除けば教会らしくなく、ドームと岩壁の間はガラス張りで光が差し込んでくるので大きな温室のようにも見える。日本人の感覚からすれば教会のような宗教施設は伝統にこだわるものというイメージがあるが、さすがデザインの国フィンランドといわれるだけのことはある。教会にまで斬新なデザインを取り入れるというのはフィンランドならではだろうし、こういう気質があるから一見斬新に見えて奇抜に終わらないデザインが育つのだろう。
 次に訪れたのはシベリウス公園。フィンランドの作曲家、シベリウスを記念して作られた公園で、シベリウスの曲をイメージして作られたというモニュメントがあるが、それでは意味がわからないからと後からシベリウスの像を作ったというのが何ともおかしい。雪は相変わらず降り続いていて公園内も真っ白。テンペリアウキオ教会から同行している現地日本人ガイド(女性)は、フィンランドでも春は3月からで、今日も朝から鳥が鳴いているのでもう春だという。私たちにはどう見ても真冬の風景なのだが。そういえば、ここで初めて日本人以外のアジア系のツアー客を発見。韓国人か中国人かまではわからなかったが。
 ヘルシンキの観光名所の一つにマーケット広場があるが、実際のところこの時期はフィンランド人でも寒いので外では店を出さないとのこと。その代わり、その近くにあるマーケットホールと呼ばれる屋内市場を散策。一見小さく見える古い建物の中には生鮮食料品をはじめ、お菓子やコーヒー、紅茶などいろいろなお店が軒を連ねていて楽しい。驚きなのは八百屋に新鮮な野菜が多かったこと。どこから運んでくるのだろう。この時期にこの北国でとれる野菜なんてそうそうないと思うのだが。また、中にはカフェテリアや寿司バー「海苔寿司」も入っていて食事もできる。「海苔寿司」では青い目をした職人が握っていて客も地元の人っぽい。ちょっと妙な感じ。
 ここもヘルシンキ観光の定番らしいウスペンスキ寺院は、イコン画と金色を主体にした装飾がトゥルクの大聖堂とは違った感じの荘厳な雰囲気を出している。ここまで教会ばかり見て歩いているが、日本に来た外国人が京都などでお寺を見て歩くのとさして変わらない。なまじ日本人だからそう思うのかもしれないが、よほどのことがない限り日本のお寺は皆似ているような気がするが、ここの教会はそれぞれに個性がある。その個性をなかなか言葉では表現出来ないが。
 最後の観光は元老院広場とヘルシンキ大聖堂。しかし大聖堂はちょうどお昼の礼拝の時間に当たり中に入ることができなかったので、礼拝終了後各自で見学ということになり、元老院広場向かいの土産物屋で一時解散、14:30までフリータイムとなる。

  (妻の独り言) 歴史のある建造物を見ていると、フィンランドという国が今まで辿ってきた出
           来事が今をつくっているのだろうとしみじみ思ってしまう。宗教的な背景、いく
           つかの戦争が通り過ぎてこの国は変化していく。新婚旅行でこの国に来な 
           ければフィンランドが何処にあるかも知らなかった私にとって貴重な体験で 
           した。



35.kiitosの笑顔
 解散場所になった土産物屋は日本人相手の土産物
屋。長いツアーの中で一つぐらいはこういうところに連
れて行かれるかと思ったら案の定。壁掛けなど結構おし
ゃれなものが置いてあり他に予定がなかったらそれなり
に楽しかったのだろうが、ロヴァニエミで見たイッタラの
フォークとナイフのセットが忘れられず、ここからデザイ
ノールが近いことを知っていた私としては早くそっちに行
きたかった。しかし嫁さんはお土産を何にしようか迷い
続けていて私は多少いらいら。そのうち店内に数は少な
いもののアラビアのコーヒーカップセットを発見。しかも
日本に発送してくれるという。それならこれでもいいかと
思い、嫁さんに相談したらどうやらデザイノールに行くこ
とをすっかり忘れていたらしく、買い物を切り上げてデザ
イノールに行くことになる。
 石畳の路地を抜けて北エスプラナディ通りを西に歩く
こと5分。デザイノールへ。ヨーロッパの石畳の路地を
歩くのは憧れの一つだったからこれもまた念願達成。
 店内はイッタラ、アラビア、ハックマンの各ブランドごと
に分かれており、どこを見ても素敵なものばかりで目移
りしてしまう。ロヴァニエミで見たようなナイフとフォーク
のセットはなかったが、同じナイフとフォークのセットでも
もっと高級感のあるものばかりだし、イッタラのガラス器
やアラビアのカップにも目がいってしまう。しかし日本に
持って帰ることを考えると割れ物は都合が悪いので初
めに考えていたようにナイフとフォークのセットにする。
ナイフやフォークといったカトラリーは本来ハックマンが
専門で初めはそちらを見ていたが、ブランドとしてネー
ムバリューが高いのはイッタラの方。ただ、そのネーム
バリューのせいかイッタラの方が値段が高め。いずれに
せよ、6種類×各4本組のセットで100ユーロは下らず、
ロヴァニエミで見たセットのことを思うとかなり高い。しか
し、考えてみるとトラベラーズチェックは結局ここまで手
つかずで残っておりその金額に相当する買い物はカー
ド払いを含めてもしていないので当初予算からすれば
かなり余っている。それならこの辺で一つ贅沢してみる
のもいいのではという話になり金銭的な問題はクリア。
となるとデザインの問題だが、イッタラ、ハックマンともに
3つのシリーズがあった。それぞれに半球形のショーケ
ースに入った見本が置いてあり、実際にふれることがで
きたので握り比べて結局イッタラのARTIKというシリーズ
を税込み199ユーロで購入。
 デザイノールは旅行者には免税対象なので、ヘルシン
キ空港で免税分を返還してもらうための書類を書かなく
てはならない。しかしここではパスポートを見せると、署
名以外の記入は全てしてくれて親切。その後、店員がこ
れは自分用なのか贈り物なのか聞いてきたようなので
答えようとすると嫁さんがすかさず「gift」と返答。嫁さん
曰く、自分用といったらちゃんと包んでもらえないからと
のこと。さすがにこの辺は女性の感性。なるほどと思う。
ましてやここはヨーロッパ。環境にはうるさい。スーパー
でもいわゆるコンビニ袋は有料で、自分の買い物かご
を持ってくるのが常識という国柄なので過剰包装はない
のである。
 店員から「Thank you」と声をかけられると嫁さんは
「Thank you」と返していたが私は思わず「Kiitos」と答え
ていた。「Kiitos」とはフィンランド語で「ありがとう」。する
とひときわ大きな声で「Kiitos」と返ってきた。しかも先ほ
どまでのように店員としての愛想と言うより心底からの
笑顔で(私にはそう思えた)。「旅の指さし会話帳 フィン
ランド」を持ってきていたにもかかわらず、ここまで現地
の人とのやりとりは英語。しかも会話と言うよりは単語
の羅列。しかしここへ来てようやく「Kiitos」が出るように
なってきた。デザイノールはフィンランドを代表するブラ
ンドのショップだから店員はいろいろな国の人と接する
機会も多いと思うが、ああいう人でも自分の国の言葉で
話をするとうれしいものなのだろう。
 再びマーケットホールに行きカフェテリアで昼食。ピザ
トーストのようなパンを取ってカウンターに行き、フィッシ
ュスープとコーラを注文。店員が何か言っているようだ
が意味がわからず。ただ、手振りから「(パンを)暖めま
すか?」と聞いていると察して首を縦に振る。思った通り
店員の後ろにある電子レンジでチン。嫁さんは店員が
レンジにパンを入れるまで何を言っているかわからなか
ったよう。少々言葉がわからなくてもコミュニケーション
はとれるものである。
 注文したフィッシュスープは何が出てくるか楽しみだっ
たが、結局はサーモンスープ。ただ、サーリセルカで食
べた2種類とは違い細い葉の香草がたっぷり入ったも
の。具はサーモン、ジャガイモ、にんじんと全く同じ。な
んかサーモンスープに始まり、サーモンスープに終わっ
た感じ。
 元老院広場の階段を上っていると地元民と思われる
若い兄ちゃん二人組に意味のわからない言葉で話しか
けられる。こちらがわからないそぶりをすると
「Chinese?」と聞いてきたので「No.Japanese」と答える。
どうやら私たちを中国人と思ったらしい。すると「Sorry. 
Have a nice day.」と言って去っていった。Sorryまではわ
かるが見ず知らずの人間にHave a nice dayとはずいぶ
ん丁寧な。フィンランドは歴史的ないきさつから親日的
な人が多いと聞いたがそのあたりも関係しているのだろ
うか。それはともかく、今から思うに彼らは中国語を勉
強していてそれを試したかったのではないだろうか。ヘ
ルシンキはもとよりロヴァニエミにも2軒の中華料理屋
があるらしいし、ユヴァスキラにもあると聞いたことがあ
り日本料理店より多い気がするがそれだけ中国人も多
く中国への関心も高いのかもしれない。
 ヘルシンキ大聖堂は礼拝も終わり、中は人もまばら。
時折私たちのような観光客も来るが明らかに観光客で
ない人も一人、また一人と入ってきてしばし椅子に座っ
ては去っていく。彼らは何を思いここを訪れ、ここでの時
間を過ごすのだろうか。願い、祈り、救い・・・。彼らを見
ていてふとそんなことを考えていた。
 大聖堂の周りにもトラムが走っていて、しかも裏通りに
も走っているのがなかなか絵になっている。その写真を
撮りながら集合時間まで過ごす。思うような写真は撮れ
なかったが、その風景は私のイメージするヨーロッパの
街角そのものだった。またこの地に来る機会があったら
トラムに乗ってゆっくり街を眺めていたい。

マーケットホールの入口






ヘルシンキ大聖堂と元老院広場






マーケットホール近くにて






同上 写真の船はストックホルム行き
のヴァイキングライン






元老院広場






裏通りを走るとラム

  (妻の独り言) お土産はいくつ買ってもこれでは足りないのではないかと思い、おもいっき
           り買いました。
           私が気に入ったのは可愛いデザインのテーブルクロス、キシリトールのガム
           (ムーミンの絵柄)人にあげたくないくらい気に入りました。
           北欧の曇り空の下、ヘルシンキ大聖堂から見た町並みを見ながら今まで体
           験した海外旅行では体験したことのない充実感でいっぱいでした。



36.空港でのひととき、そして北の国への別れ
 ヘルシンキ中心部から約30分でヘルシンキ・ヴァンター空港に着く。フィンエアーのチェックイ
ンカウンターで免税手続きの用紙に判をもらいスーツケースを預けた後、セキュリティーチェッ
クを通って国際線搭乗口へ。ここにあるフィンエアーの免税店で先ほどの書類と引き替えに免
税分を返還してもらう。それから最後の買い物。ここで「GEISHA」チョコを買い込んだり父のお
土産であるフィンランドのウォッカ「FINLANDIA」を買う。またここにはヘルシンキ一のデパート、
ストックマンも店を出しており嫁さんはお土産用にイッタラのガラス小物やアラビアのマグカップ
を買っていた。レジで順番待ちをしていると私の前の日本人とレジの女性店員とが日本語で会
話。店員は明らかに西洋人だが下手な日本人よりよっぽどきれいな日本語を操っていて驚く。
変な訛りやイントネーションもない。その日本人との会話を聞くとはなしに聞いていると、店員は
6歳から20歳ぐらいまで京都に住んでいたとか。歳はそこそこ召されているようだがとても小さ
い頃に住んでいて覚えただけの日本語ではない。彼女の胸の名札を見るとフィンランド、イギリ
ス、ドイツ、日本の国旗が描かれている。もしかしたらこの4カ国語を話せるという意味かもし
れない。フィンランドは英語教育も盛んで英語も普通に通用するが、ドイツ語までできるとは商
売柄とはいえすごい話。
 AY073便は17:20のフライトなので16:30過ぎには搭乗口の前に来ていたが、どうも機材整備
の遅れで1時間ほど遅れるらしい。搭乗口の待合所は人でごった返している。隣の搭乗口から
は近い時間に上海行きが出る上、行きもそうだったが成田(多分関空も)〜ヘルシンキ便はヨ
ーロッパ各都市便の接続がよく、イタリア(ミラノ)あたりからのトランジット待ちの客も多いので
ある。
 日本からヘルシンキに着いた時にはフィンエアーには日本人スタッフがいて驚いたが、上海
便の案内放送は中国人スタッフが行っていた。フィンエアーはこういうところ芸が細かいよう
だ。
 結局予定より50分遅れの18:10テイクオフ。帰りは窓側の席。特にこの旅行中、バスも含めて
嫁さんに窓側を譲っていたので今回は嫁さんが私に窓側を譲ってくれる。フィンランドではこの
時期一日に10分、日が長くなるとのことで確かに18:00を回っているというのに比較的明るい。
しかし昼間一時やんでいた雪がまた降り出す。いよいよ名残の雪になってきたよう。新婚旅行
はフィンランドにしようと決めたのは私の一存。新婚旅行としてはマイナーなこの地にしたこと
に嫁さんが快く承諾してくれたのは、ひとえに滅多に行けるところじゃないから一生に一度のこ
とだしというのがあった。しかし、旅行半ばになると今度いつ来られるかなあという言葉が出てく
るようになった。家に帰ってフィンランド政府観光局の情報誌「FINLANDIA」を見ると"ラピンタイ
カ"という言葉が載っていた。英語ではラップランド・マジックという意味で、ラップランドには一
度この地を訪れた旅人がラップランドの魔法にかかり再びこの地に舞い戻って来るという言い
伝えがあるらしい。私たちもすでに"ラピンタイカ"にかかっていたのかもしれない。

  (妻の独り言) 旦那は書いてありませんが、空港のお土産売り場でまた旦那が声を荒げる
           場面があって今度こそ成田離婚か?と思ったのですが、今考えてみると私 
           がのんびり売り場を見ているのが気に入らなかったんでしょうね、なんだか 
           笑えますが。
           結婚したら毎日が不思議で驚きで満ちているんだろうなと実感しました。



37.虹色の夜明け
 夕食直前にワインのミニボトルを1本空けたのと今までの疲れが出たのか熟睡してしまい、
気が付けば日本時間の6時を回ったところ。外は夜明け。それも地平線が虹色のグラデーショ
ンに輝く幻想的な夜明け。眼下には真っ白なシベリアの大地が果てしなく広がっていた。夕べ
ヘルシンキを発ったことで全てが終わったように思っていたが、まだこんなドラマが残っていた
とは・・・。二人とも年齢的に少し遠回りをした結婚、新婚旅行だがその分、お金を出しても買え
ない贅沢を最後までさせてもらったと思う。忘れられない旅行になったが、嫁さんと二人ならま
だまだこんな旅行ができると信じたい。

  (妻の独り言) 飛行機の中で私は珍しく眠れなくて退屈でした。
           窓際を旦那に譲ったのに、景色を見ることもできす寂しかったです。



38.後日談
 日本からフィンランドへの時差7時間は気にならなかったが、フィンランドから日本への時差7
時間はきつい。帰国後3日間は昼間眠くて眠くて体が動かない・・・。

  (妻の独り言) 新宿駅であずさを待っている時のプラットホームの寒かったこと・・・・
           フィンランドより風が冷たかった気がしました。

  (旦那の補足) この時は時間の都合上、嫁さんの実家に泊めてもらうため成田から松本 
           に帰ったのでした。