2004年2月28日(土)

表紙の写真:ロヴァニエミ郊外の氷のオブジェ

行程:サーリセルカ(9:30発)〜(貸切バス)〜ロヴァニエミ(13:00着。14:30までフリータイム)
    〜(貸切バス)〜サンタクロース村
    (15:00〜17:00 フリータイム、貸切バスで市内観光後再びサンタクロース村へ、サンタク
     ロース村にて夕食)
    〜(貸切バス)〜ロヴァニエミ駅(20:30着、21:20発)
    〜(P68列車:サンタクロースエキスプレス)〜ヘルシンキ中央駅(翌朝8:40着)

20.一路ロヴァニエミへ
21.北の街
23.ロヴァニエミのアート
24.北極圏証明書
25.夜汽車に乗って(前編)

20.一路ロヴァニエミへ
 今朝の気温は-22℃。今までで最低気温だがずっとマイナス-15℃以下で過ごしていると、寒くないと言えば嘘になるが-15℃も-22℃もあんまり変わらなくなってくる。朝食の帰りにきらきらしたものが舞っていた。初めは木から落ちた雪の粉かと思ったが後で聞いた話ではダイヤモンドダストらしい。ダイヤモンドダストも見るのは初めてだったが、オーロラのことに頭がいき過ぎてダイヤモンドダストのことをすっかり忘れていた。確かにオーロラよりは日本で見られる可能性が高いとはいえ滅多に見られるものではないのだが。
 9:30にサーリセルカを出発、バスで一路ラップランド州の州都、ロヴァニエミへ。ロヴァニエミへは国道4号線を南に約250kmと結構な長旅。午前中はこの移動だけで時間を費やす。国道4号線は別名E75号線。Eナンバーはヨーロッパの幹線道路に付けられる番号とのことでいわばフィンランド国道4号線はヨーロッパ75号線ということ。ちなみに出発前に取り寄せた資料によれば国道4号線はヘルシンキからユヴァスキラ(モータースポーツが好きな方はご存じかと思うが、世界ラリー選手権、ネステ フィンランドラリー、昔の1000湖ラリーの開催地である)、オウル、ロヴァニエミを経てノルウェー国境までフィンランドをまさに南北に縦断する道である。
 フィンランド国内を昼間移動するのは実質初めてなのでできるだけ周りの風景を見ていたかったのだが、どこまで行っても森の中。忘れた頃に家が1,2件見えるぐらい。所々木がなくて広場のようになっているところは氷結した湖とのこと。日本では見られないスケールの大きさには感動するが、単調な分、ついうとうと・・・。この道は最高時速100km/hでバスはおそらくそれに近いかそれ以上の速度が出ている。全面圧雪状態だがそんなことはおかまいまし。そんな状況下でもちょっと前に遅い車がいたらすぐに追い越しをかけるがひやっとするシーンはまるでなし。それも眠気を誘う一因でさすが北国のドライバーは違う。


バスの車窓より

 1時間半ほど走った後トイレ休憩。トイレ休憩といえば日本ではドライブイン兼お土産屋さんというイメージがつきまとうが、他の国ではどうなのか興味のあるところだった。着いたのはガソリンスタンド。最近では日本でもガソリンスタンドにいろいろなものを置くところが増えたが、ここではドライブインとコンビニを兼ねている雰囲気でカフェテリアで簡単な食事もとれるし日用品も売っていた。実はこの時点でデジカメの電池がピンチになっていた。予備電池と充電器、変換アダプターは持ってきたし充電器も海外対応(もちろんフィンランドも)なので問題ないと思っていたのだが、実際に充電してみるとジーというような変な音が聞こえていて不安になったのでやめたのである。私のデジカメは単3電池対応なのでここで電池を買うことにした。ただアルカリ電池以上でないとだめなので使えなかったらどうしようという不安もあったが、数種類あるパッケージを見るとどうもアルカリ電池のようなので安いものだしダメもとで買ってみる。今後も充電出来なかった時を考えて4本入り2パック買ってみたが、結局1パックで十分この旅行はしのげた。
 さらに15分ほど走ってソダンキュラという町に入る。ここで初めて信号を見る(もしかしたらイヴァロ空港付近にはあったかもしれないが)。初めて見ると言うより、よく考えたらここまで信号がなかったことに気づく。サーリセルカからソダンキュラまでは約150km。ここまで信号がないのである。改めて日本との違いに驚かされる。

  (妻の独り言) 大きな森の中に点在する家を見ながら、ここに住んでいる人たちは通勤は
            何処までいくのだろう?・・・通学は?・・・病気になったら病院は・・・?食材
            は何処で調達するの・・?
            幻想的な雪に覆われた森を見ながらなんだか現実的に考えてしまいまし 
            た。日本に住んでいるような価値観でこの土地の生活を見てはいけないの
            かも知れません。



21.北の街
 ロヴァニエミはラップランド州の州都ながら人口は3万人あまり。私の住む市の1/3ほどしか人が住んでいない。それでもさすがに州都だけあって都会の雰囲気が漂う。
 とりあえず昼食。ロヴァニエミには世界最北のマクドナルドがあるのだが、どうせならこれも事前情報で知っていた、マヨネーズがおいしいというフィンランドのハンバーガーチェーン、ヘスバーガーに行ってみたかった。ちょうどサンポ・センターというデパートというかショッピングセンターの中にもあったので行ってみる。


サンポ・センター

 行ったはいいがメニューは全てフィンランド語。よりによってこういう時に限って「旅の指さし会話帳 フィンランド」をバスに置いてきてしまった。これではカウンターで頼みようがなくどうしようかと思っているうちにお持ち帰り用のメニューを発見。ここはチキンバーガーがおすすめとのことだったのでメニューの写真でそれらしいのを指さして注文。どうもすぐにはできないらしいので番号札を持って席で待つ。この辺は日本のバーガーショップと同じ。
 私が注文したのは少し長めのパンにサンドしたもの、嫁さんが注文したのは普通のバンズのタイプ。ところがやってきた私のはただのパンではなく、黒パンのバーガー、嫁さんのはマクドナルドで言うフィレオフィッシュだった。まあ、ほとんど当てずっぽうで注文しているのだから仕方がない。チキンバーガーではなかったが黒パンのバーガーなんてフィンランドらしくていいではないか。マクドナルドのものより気持ち大きめのバーガーは味もまあまあ。肝心のマヨネーズは少し甘めかなと思う。このマヨネーズは後述するサンポ・センター向かいのスーパーでも売っていた。マヨネーズだけ別に売るのだからよほど味に自身があるのだろう。
 食事後センターの中を土産物の物色を兼ねてウインドショッピング。1階にはテキスタイルのフィンランド・ブランドとして有名なマリメッコのショップがあったことからブランドものも多いと思ったら、早速イッタラのショップを発見。おみやげになりそうな台所小物を探したがガラスや陶器のものが多くて持って帰るにはちょっと二の足を踏んだ。しかし見ていて楽しいものは多く、持って帰れるものならいくらでもほしいものばかり。そのデザインは一件地味なようで奥深いものを感じたり、反対に先鋭的なのに周りとうまくなじんだり不思議なものを感じるものが多かった。その中でナイフとフォークのセットは特に目をひいた。やはりシンプルなのにどこか味がある。でも1セットが49.5ユーロというのは新居で使うにはちょっと贅沢かなと言う気がしたしここで買ったのではまだ荷物になりそうだったのでやめておく。最終日のヘルシンキでは2時間ほどフリータイムがあるというし、元老院広場で解散でイッタラ・アラビア・ハックマンの直営ショップであるデザイノールも近いようなのでそれまでに考えても遅くはない。
 そのほか店内には量り売りのキャンディショップもあったし(ここにも「GEISHA」があった)、ファンシーショップみたいなのもあった。1階にはマリメッコの他、サウナの国らしくお風呂用品の専門店もあった。サウナとお風呂、形態は違うが共通するものがあるのか日本のお風呂でも使えそうなものも多くてここも楽しかった。


ロヴァニエミの街並み

 時間に余裕があったので向かいにあるスーパーも視察。今晩の列車の中で食べるおやつを探したが、手頃なものを探すのに苦労した。いわゆるスナック菓子の系統で手頃な大きさのものが少ないのである。やはりこちらの人は大食いである。
 今や日本製のものは全世界に広まっていると言っても過言ではなく、このフィンランドでも日本車をよく目にしたが、食料品ではほとんど皆無だった。その中で見つけたのはキッコーマンの醤油。それも表記こそ日本語ではないが円錐形のガラス容器に赤いキャップの付いた醤油差しのスタイルは日本で売っているものそのもの。キッコーマン恐るべし。
 一度集合場所であるシティホテルに戻った後、まだ時間があったのでスポーツ用品店に行ってみる。アウトドアスポーツの盛んな国だから「らしい」ものがないか見に行ったのだが、ゆっくり見ているほど時間はなかったのでこれといっては見つからなかった。その中でスノーシューを売っているのを見つける。ここではタブスと、サーリセルカで履いたものと同じメーカーのものを扱っていた。ちなみにサーリセルカで履いたのと同じモデルは195ユーロ(タブスのは380ユーロだったような・・・)でやっぱり安いモデル。

  (妻の独り言) 日本ではほとんど食べないハンバーガーですが、海外に出向くと食べる機
           会が多くなります。
           ヘスバーガーはマクドナルドのそれより手作りっぽくてなかなかいけました。
           どの国も同じで、店内は子供連れで溢れていました。



22.サンタ村で土産物あさり

北極圏を示す塔
写真中心から伸びているひもが
北極圏の境らしい



サンタクロースの事務所外観
 ロヴァニエミ中心部から国道4号線をサーリセルカ方面に戻ること約15分、サンタクロース村に着く。ロヴァニエミから現地ガイドの女性が合流、村内にあるサンタクロース中央郵便局を案内(案内は英語)した後フリータイムとなる。外には北極圏を示す塔が立っている。その奥のサンタクロースの事務所のある建物の屋根から一本のひもが郵便局に向かって伸びていた。このひもが北極圏の境、すなわち北緯66度33分07秒のラインでこれより北側、つまりサンタクロース村の敷地側が北極圏となるらしい。でもヘルシンキから飛行機で一足飛びに北極圏に渡ってしまった身としては今ひとつ感動がない。ただ、北極圏のことを英語でArctic circle、フィンランド語でPohjoinen napapiiri(ポホヨイネン ナパピーリ)というがここに立っているとPohjoinen napapiiriという言葉の響きの方があっている気がする。
 正直なところ「この歳でサンタクロースもないだろう」という感覚があったので(嫁さんは知らないが少なくとも私は)、新婚旅行の宿命であるお土産あさりに時間を費やす。一度ショッピングモールを軽く見て回った後改めて品定め。お土産を買う場合、私のポリシーでそこでしか手に入らないものを買うというのがあるが今回のように数を買わなくてはならないとなると予算のことや、配る人の好みを考えるとなかなか決まらない。嫁さんにいろいろアドバイスしてもらいながらなんとか決める。やはりこういうことは女性の方が感性がある。
 それでもせっかくだからとサンタクロースの事務所に行ってみる。昔は違ったらしいが今はサンタクロースとの記念撮影は有料。そのため自分のカメラでは撮影禁止。まあ、そこまではわかるがただ撮影禁止と言うだけでなく、サンタクロースに会うには別室に行かなくてはならずそれも記念撮影希望者だけと商魂たくましい。ここまで向こうの商売にのることもないのでとっとと出て行く。
 さすがにお昼がハンバーガー一つというのもおなかが空くしのども渇く。そこでショッピングモールの中にあるカフェテリアで休憩。ハンバーガーをつまみにフィンランドの代表的なアルコール飲料であるロンケロ(Lonkero)を飲む。要はジンのグレープフルーツソーダ割りでアルコール度数が約5%なので飲みやすい。飲みやすい分一気に飲めるのでまわりも早い。歩けないほどではないがほろ酔いよりは酒が回ってしまった。それにしても「旅の指さし会話帳 フィンランド」によればロンケロとはたこの足という意味だとか。またロンケロは別名Long ginとも言うが、長いジン????。どっちにしても意味がよくわからん。

  (妻の独り言) サンタクロース村ではサンタクロースと写真を取り、ここからお手紙を出すと
           いうのが、ガイドブックに載っているお楽しみ方なのですが、私たちはその手
           の物は見向きもせずお土産買いまくりました。その後旦那はなぜか、酔っぱ
           らいになってしまいなんとも言えないサンタクロース村の思い出になりまし 
           た。



23.ロヴァニエミのアート
 夕食は18時よりサンタクロース村にある「レストラン 
オーロラ」で摂ることになっているのだが、サンタクロー
ス村自体は17時で閉まってしまうのでその間、バスでロ
ヴァニエミ市内をバスで観光。
 ロヴァニエミという街は第二次大戦中にドイツ軍に焼
き払われたが、その復興に力を注いだのが世界的な建
築家アルヴァル・アールトらしい(実はこの人の名はフィ
ンランドに行くことが決まってから知った)。極論すれば
ロヴァニエミ全てがアールトの作品といえる。そのため
か街のあちこちに有名なデザイナーや建築家がデザイ
ンした氷のオブジェがあり、安藤忠雄がデザインしたも
のもあった。建築家や建築を志す人にとってもここは偉
大な建築家が作った街として憧れの街なのだろう。
 アールトの作品の一つ、ラッピア・タロを見学。ラッピ
ア・タロは多目的ホールでオペラなども行われるとのこ
とでイベントがある時には入れないこともあるが、今日
はエントランスホールで入場無料の絵画展が行われて
いただけだった。バスが止まったところが近すぎて「灯
台もと暗し」という奴でせっかくのラッピア・タロの外観が
よくわからず印象は薄い。しかし向かいにある図書館や
市庁舎は奇抜というのではないが図書館や市庁舎らし
くないデザイン。
 エントランスホールで行われていた絵画展は、有名な
画家の絵画展というのではなく、地元の画家の個展とい
う雰囲気。その作者も来ていた。絵のことはよくわから
ないがこの雰囲気は好きだし、行きずりで絵画にふれ
るというのもいいものである。テーマはラップランドの四
季を描いたものだったが、私の知り合いにも趣味で絵
を描く人がいるが見せてあげたくなった。

氷のオブジェ その2


ラッピア・タロ向かいの図書館

  (妻の独り言) この町は芸術的な建築物が多く、シンプルでありながらも存在感抜群で、斬
           新なデザインでありながらも町並みにとけ込んでいるところが素晴らしい。
           どこかの国のふるさと創生資金で建てた建物とは大違いです。



24.北極圏証明書

夜のサンタクロース村
 再びサンタクロース村に戻り夕食。メインディッシュはチキンだったがどう見てもタンドリーチキンのカレーライスに見える。ライスといっても米はインディカ種、いわゆる長粒米である。長粒米には抵抗のある参加者もいたようだが、どちらかといえば堅めの米の方が好きな私は気にならない。メインディッシュの前にはスープが出たがこれはラップランドらしく薫製トナカイ肉のスープ。サーリセルカのクーッケリで缶詰が売られていたので(「旅の指さし会話帳 フィンランド」に載っている単語をつなぎ合わせると多分これのことだと思うのだが)興味があったが、家で昔、ニューコーンビーフと牛乳で作っていたスープに似ていて素朴でおいしかった。
 ここで小窪さんから北極圏通過の証明書が全員に手渡される。サンタクロース村で発行されるもので、日本人向けには日本語で書かれている、A4サイズの紙でここでもらえるのは聞いていたが、このときはすっかり忘れていて無性にうれしかった。そしてこれをもらって初めて二人で北極圏に立った実感がわいてきた(ツアー申し込み時のパスポートの名前が嫁さんの方は旧姓になっていた関係で証明書の名前も旧姓になっており夫婦で
立った証拠にはならないが)。


北極圏証明書(帰国後スキャナーで取り込み)

  (妻の独り言) どういう訳か、食事中に旦那と話していたら何が原因か忘れたけれど、旦 
           那が興奮して声が大きくなりツアー客全員の注目を集めることになりまし  
           た。
           新婚旅行中に夫婦げんか・・・・・・成田離婚か?とふと頭をよぎりました。
           食事どころではなかった私です。 



25.夜汽車に乗って(前編)
 サンタクロース村からこの後乗る列車までの時間調整を兼ねて街を見渡せる丘に立ち寄る。オーロラが見えたら・・・ということもあって高台に登ったがやはり時間つぶし程度の短時間では見えなかった。
 ロヴァニエミ駅は構内こそ広いが州都の駅にしては駅舎が小さく、ホームには跨線橋も屋根もない。もちろん他のヨーロッパの駅同様、改札もないのでバスから降りて直接ホームに行く。そして列車までまだ時間があるので駅舎からホームに出たすぐのところに参加者のスーツケースをまとめて置いた。そして荷物を置いたまま各自思い思いの時間を過ごす。小窪さん曰く、こんなもの誰も盗っていかないだろうとのこと。そういえば成田空港で「貴重品には気をつけた方がいいが、北欧は総じて治安がいい」とか「水道水は飲んでもいい」と言っていた。嫁さん曰く、海外ツアーに参加して治安と水が安全なんて言われたのは初めてとのこと。
 かくいう私は鉄道マニアの血が騒ぎ出しあちこち見て回る。ホームには主な列車の編成表と時刻表があった。構内放送も頻繁に行われているし日本以外の鉄道というイメージからすれば意外と親切。もっとも、掲示物は何となく意味がわかったものの放送は何を言っているかさっぱりわからなかったが。
 編成表によれば私たちの乗るP68列車、ヘルシンキ行き(ここにはサンタクロースエキスプレスの名前は出てこない)は座席車2両、食堂車1両、何かよくわからない車両(後に荷物車ということが判明)1両、寝台車10両、自動車運搬車2両の16両編成からなり号車番号は31から始まっている。「レストラン オーロラ」でツアー参加者の乗車号車と席番が伝えられ、ほとんどの人が39号車だが、私たち夫婦と一人で参加した女性、小窪さんが43号車と聞いた。まさか40両も50両もつなげているはずはないと思ったがこれで判明。どうやら列車ごとに号車番号を分けているらしい。また自動車運搬車というのは事前情報によれば日本にも昔あったカートレインと同じもので、車(マイカー)と人間を同時に運ぶ(もちろん人間は客車に乗り換えるが)ための車両らしい。
 しばらくして小窪さんからチケットと主要列車の時刻表が配られる。それによるとP68列車はロヴァニエミ始発ではなく、83kmほど東のケミヤルヴィ始発らしい。実はこれも事前にフィンランド鉄道(VR)のHP(英語版)から情報を得ていてサンタクロースエキスプレスは日に何本か出ているが日程的にこのケミヤルヴィ始発の列車になるのではと思っていた。それからすると列車はもうホームに入ってもよさそうなものだが、どうも40分ほど遅れているらしい。フィンランド鉄道はヨーロッパの鉄道にしては時間に正確と聞いていたが、この時期フィンランドにはスキー休みという一種のウインターホリディがあって(地域によって時期が若干違うらしいが)そのため臨時列車も運行されているのでその影響が出ているのではとのこと。
 40分遅れとなるとなおさら落ち着かなくなり嫁さんを放っておいてあっちうろうろこっちうろうろ。そのうち乗車ホームである3番ホームになにやら停まっていて車内の明かりもついているのが見えた。行ってみると最後部の車両には「39」の文字が。これでだんだん話が見えてきた。ネットでの時刻表ではP68列車はここで長い停車時間があったが、ここで車両を増結するのである。しかもケミヤルヴィからの編成に自動車運搬車が連結されているので一度それをはずしてここから増結する編成を連結、改めて自動車運搬車を連結し直すため時間がかかるのである。すなわち私たちの乗る43号車は増結された編成である。
 私はこの列車がP68列車と確信していた。しかしホームでの番線表示が曖昧だったので小窪さんは確信が持てないようであったが一応3番ホームに行ってみる。3番ホームといっても跨線橋がなく、日本のようにホームが高くないので地元の人はホームをそのまま下りて線路を渡ってホームへ。私たちはスーツケースがあったためホームの端がスロープになっている側から線路を渡る。そして小窪さんの確認を待って列車に乗り込む。乗り込むと言ってもホームが低くて車両が高いのでスーツケースを載せるのが一苦労。私が先に乗り込み、私と嫁さん、そして一人で参加した女性の3人分のスーツケースを先に列車に乗せる。北欧諸国は福祉が充実していると聞いたが全然バリアフリーじゃない。でも冷静になって考えるともしかしたらこちらの人はこういうケースは助け合うのが普通なのかもしれない。
 寝台車は全て3人用の個室。従って私たちの席番は22、23だが部屋には24番まで書いてある。但し相部屋はないようで私たちの部屋も私たちだけだし、一人で参加していた人も一人一部屋だったよう。
 私は日本でもいろいろ個室寝台に乗ってきたが、部屋に入っての第一印象は「聞いていたより狭い」だった。しかしそれは見た目だけの話。二人分のスーツケースを部屋の中に入れても二人で座るスペースは十分にあるし(部屋の中に簡易式のいすもあるがさすがにこの荷物ではそれは使えなかった)、第一ベッドが幅、高さとも十分スペースがある。2人で使用なので2段ベッド状態(3人の時は3段ベッドに変えられる)だが下段に私が座ってもあまり圧迫感はない。ちなみに私の身長は177cm。幅も手で計ってみたら約90cm。日本のB寝台車は70cmだからかなり広いし、ベッドの上でスーツケースを開けて整理もできる。また、荷棚も通路側、窓側各1ヶ所あるのでそれらを有効に使えば見た目以上に広く使える。通路側はともかく、窓側にも荷棚があるというのは日本にはない構造。
 また噂どおり2等寝台ながら設備は充実していた。洗面台(使わない時はふたを閉めるとテーブルになる)及び鏡(鏡を開けると紙コップとミネラルウォーター、液体のハンドソープが入っている)、ハンガーやハンドタオルもある。但し寝間着の類はない。部屋のドアはカードキーでロック出来るようになっている。カードキーはプラスチック製でパンチ穴があいているタイプのもの。フィンランド鉄道は線路の幅が広軌と呼ばれる広い幅を使用。日本の場合、新幹線や一部の私鉄が標準軌と呼ばれる幅で1435mm。JR在来線が狭軌と呼ばれる幅で1067mmだがそれらより広い(後に調べたところ1520mmらしい)幅を使っており車両自体が少し大きいのでこれだけのことができるのだろう。ただ、上段に上がるためのはしごはやや使い勝手が悪い。使わない時は壁に引っかけてあるので問題ないが、使うためにはドアの前に引っかけないといけないので、ドアを開閉する必要がある時ははしごが使えないのである(設備の写真はこちら)
 それにやっぱりこの列車もフィンランドデザインというか地味な色彩と鮮やかな色彩がうまく調和して不思議なそれでいて落ち着く雰囲気がある。外観は青と白を使ったクラッシックな感じ(事実、車両自体も決して新しくはなさそうだが汚くはない)、車内(通路部)は茶色やベージュで暖かみがあり、部屋やトイレは部分部分に明るい赤色を使って近代的な顔も見せる。
 列車は結局定刻より20分遅れで音もなく発車。発車時の振動がないのはヨーロッパ流のバッファ付き連結器のなせる技か。車内放送もないが、日本でも夜行列車の深夜の時間帯は案内放送を中止することが多いので、あまり違和感はなかった。
 ヨーロッパ流と言えば改札も同じ。発車してそれほど時間がたたないうちに車掌が改札に回る。そして部屋の照明を全て消して二人で外を眺める。もしかしたらオーロラが見えるのではという期待感からだったが列車が粉雪を巻き上げるので天気がいい割には視界はあまりクリアではなかった。それでも再び森の中を走っていうことはわかる。結局最初の停車駅、ケミに着いた23時過ぎまで起きていたが見ることはできなかったので寝台車に慣れてる私は上段、嫁さんは下に分かれて寝る(同じ号車の女性はわずかながら見えたそうである)。

ロヴァニエミ駅外観



編成表



寝台券



ロヴァニエミ駅待合室



線路を渡る乗客



車両に付けられている案内板
(鉄道ファン用語で言うサボ)



個室の中
(上段バッドより窓寄りを撮影)



同じく個室の中
(上段ベッドより通路側を撮影、
中央やや下の梯子がかかっている
ところが扉)

  (妻の独り言) 寝台列車の旅は日本でも経験がないので好奇心半分、心配半分、といった
           心持ちで列車の到着を待っていました。乗ってみると意外に部屋は広く洗面
           台があるのには感激でした。
           真っ暗な中を走っていく列車の列・・・それを照らす月明かり・・・
           なんとも幻想的な景色でありました。